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へイズ交替劇の楽屋裏
『彼は死んだ』電話の声がこう告げて
1972年1月1日午前10時、コロラドのホテルの一室に、けたたましい電話のコール・サ
インが鳴リ渡った。ハリウッドをはなれスキー休暇を楽しんでいたロジャー・デーピスが
受話器をとると、電話の声は、全く信じがたい事実を、―日遅れで冷ややかに告げたのだ
――ピート・デュエルが自殺した――と。そして、相手の呼吸を静かにおしはかるかのよ
うにしばらくの間をおいて、かすかな期待を抱いていたロジャーに決定的な一撃を加えた
のである。
――彼は死んだ――
彼ロジャー・デービスにとってだけでなくおそらく、それは、どんな俳優もかつて経験
したことがなく、これからもけっして経験するようなことがない、最も衝撃的な出来事で
あったにちがいない。わずか31才の若さでピートが自らの命を断った12月31日。―体、誰
が、この悲劇の数時間というものに、容易周到でありえただろう。それは1日連れで知ら
せをうけた彼の場合も同様だった。いや、ピートとかってヘイズ役の獲得を争い、また、
個人的にもビートの能力と、完全無欠ともいえる強い個性、何か自分自身をはにかんでい
るような微笑に、強く魅せられていた彼、ロジャー・デービスこそが、もっとも辛辣
にこの事実に直面させられたのである。
―方にまだ、かすかな期待を抱きながら、ロジャーの脳裡には、雑然と、さまざまな感
概がよぎるのだった。この若き多感な青年スター、ロジャーにとってそれは余りに過酷な
試練ともいうべきものだったのである。
ピーターの具合いはどうなのか……きっと重症ではないだろう……いや、彼は自殺したん
だ!……ああ! あの笑顔、あの個性……なぜ? なぜなんだ?……ピートはスタジオに
戻ってくるだろう、いつものように笑いながら……自殺! ……なぜスタジオは俺にまで
連絡をよこしたんだろう……明白から俺がヘイズ役をやるんだって……あいつが自殺する
なんて……二・三日中に訂正されるにちがいない……あいつのかわりをこの俺にやれなん
て……あいつはあいつ、おれはおれ……自殺! ……あいつの死を踏み台になんてできる
ものか……――。
俳優ロジャーの決意はピートの死をのりこえて
だが、彼は、俳優としてのロジャーは、ハリウッドに戻る飛行機の中ではやくも、自分
がもう二度とピートに会うことができないという事実と、そしてたった今から自分がハン
ニパル・へイズにならなければならない立場に立たされているという事実を受け入れざる
をえなかった。彼は静かに決意した。――俳優として精一杯、彼にはなかった自分なりの
へイズ役をつくりあげること、これこそが、彼の死に答えるすべてだ――と。
そして、この決意は間髪を入れずに、翌月曜日からはやくも実行された。ピートの死で
短時間のうちに撮り終えたかもしれないその撮影を何度もくりかえすことは、精神的にも
肉体的にも苦しい容易ならざることだった。
スタッフ・キャスト、ジャーナリスト、そしてファンの注目を一身に浴びることになった
のだから。そして、ピートの死後わずか3日目のスダジオは、深い悲しみと不安の念で重
苦しい雰囲気につつまれていたのである。だがロジャーは、その悲しみにも、撮影のきぴ
しさにもぜったいにへこたれまいと固く決意しているのであった。
ピートになかった新しい自分なりのへイズ役で
「ベンのことをピーターって呼ぷことにしでいるんですよ」と彼は語っている。もちろ
ん、撮影中のこどではない。こうして、彼はピーターのいない寂しきと悲しみをまぎらわ
せようとしているわけだ。そして彼は、自分の台木にある「へイズ」の名前を注忘深く、
削リとり、「ロジャー」と自分の名前をかきこんで、「へイズ」役にとリくむ自分の決意
をつねに確認しようと努カしている。
「へイズは、私にしてみれば、まだピーターなんですよ」と静かに彼は説明する。「い
まのところ、残念ながら、ここにいるみんなにとっても、まだへイズはピーターだという
ことですよ。余りにピーターのイメージは強すぎたし、それだけ彼は優秀だったんですね……。
新しいシリーズに入って、へイズ役が自分のものだという自信がつけば,台本は「へ
イズ」のままにしておくと思います。いまだって、努カはしてますが、自分の決意をつ
ねにあらためる意味でもこうしておくんですよ。ピートの再生としての自分ではありた
くないし、とにかく、自分の魅力と俳優としての能力で勝負したいと思いましてね……」
確かに、ロジャーの金髪と青い瞳は、ピートのブラウンのヘアーとは似ても似つかな
い。年も一つかそこらは上だし、6フィート1インチある上背も、1インチはピートより
高いだろう。そして何よりも、彼には、彼の俳優としてのプライドがあるということ
だ。
しかし彼が台本をかきかえることがなくなったとしても、彼の心のなかでは、ピートが
いつも微笑みかけているにちがいない。突然のへイズ交代劇をかたる彼と亡きピートの間
には、「西部二人組」の中でみた、へイズとカーリーにもにた、さわやかな「男と男の友
情」が脈々と流れているのである。ロジャー・デーピスとはそんな男である。
(『テレビジョンエイジ1973年10月号』より)